県立栢高校では、生徒が履く上履きのつま先に付いたゴムの色が違う。一年生は緑、二年生は赤、三年生は黄。外見では分からない学年をゴムの色で見分けられるようになっていた。
二年生のクラスで占められている校舎の二階を、2ペアの黄色が歩いていく。その様は足下しか差異がないにも関わらず、妙に浮き上がって見えた。
「ねえねえ灯さま。わたしたち凄く目立ってない?」
「だから言ったじゃない。美希は付き合ってくれなくてもいいのに」
灯は何故か様づけで呼ばれている。敬意を込めたものではない。ただの渾名である。世界史の資料集に載っている、どこかの王女に容姿が似ていると、今も灯の隣を歩く少女が戯れに付けた敬称がそのまま習慣になってしまった。
「でも思った以上に騒ぎにならないね。もっとこう、学園のアイドルが! みたいなの求めてたのになぁ」
「馬鹿言わないで。そんなことになったらわたし、断固登校拒否するから」
「みんなちらちら見てるし、興味はあるみたいだけどねぇ」
深谷美希は右手に持った菓子パンの袋を宙に放り投げては左手で受ける。
女子テニス部に所属する彼女はボールを使った球技が巧い。綺麗なポニーテールが身体の律動とともに揺れて、コートをカッターで切り分けるようにサーブが決まる。女子にしては高い身長を生かしたフラットショットは、力強さよりも軽やかさを見る者に印象づける。贅肉の欠片もない素足と引き締まった顎のライン、そして涼やかな切れ長の瞳とプレースタイルが相まって、男子女子問わず、一部の生徒にはよく知られていた。
「灯さまは部活やってないから、下級生と接点ないじゃん。だから珍しいってのもある。ほら、はぐれメタルみたいなもんよ」
「なによ、はぐれメタルって。生き物なの?」
「ゲームゲーム。ファミコンの。灯さまやんないの?」
「ファミコン持ってないわ」
「そっかぁ。男兄弟いないと持ってないかもね。うちはほら、兄貴いるから。お下がりなんだ」
二人は校舎の端、一組の教室の側に作られた西階段から下りて、七組までの道のりを歩いていく。灯は脇目もふらず堂々と歩を進めるが、いつもより若干硬い口調から押し隠した緊張が透けて見えた。
「わたしもそういうのなら持ってるわよ。プラモデル」
「プラモぉ〜?」
「ええ。飛行機のやつ」
「プラモ好きなの? 灯さまがプラモってすっごい面白いんだけど」
「そういうわけじゃないわ。でも…大事にしてるの」
好奇心を湛えた美希の瞳が収縮した。快活で一面悪のりの過ぎる美希だが、口を突っ込んでいい場所か不味い場所かを見分ける術には長けていた。混ぜっ返すのは不味い。灯の口ぶりからそう悟った彼女は、素早く対象を切り替えた。
「あ、ちょっといいかな? 七組に高江くんっている?」
灯はいざ口を開こうとした矢先、美希に機先を制される。少し困ったように眉をひそめて、友人が話しかけた二年生の少女をぼんやりと見た。左胸に付けた名札には『二年七組 吉住紗綾』と書かれている。大きな丸い瞳が印象的な可愛い少女だった。
「はい。高江くん居ますよ。呼びましょうか?」
「ううん。どれが高江くんかだけ教えて」
美希の言葉に少女は軽く頷くと、教室の一番奥、窓際に固まった三人組を指さした。
「あそこでおにぎり食べてるのが高江くんですけど…。なにかあったんですか?」
ちらちらと自分に視線を流しながら、申し訳なさそうにそう尋ねた少女が、好奇心を刺激されているのは当然だろうと思いながらも、灯はいちいち説明する気にはなれなかった。
「大したことじゃないよ。ありがとうね」
灯の内心を知って知らずか、美希は素っ気なく礼をいうと教室のドアを開けた。
教室に残っていた生徒達の視線が一斉に動く。灯は皮膚の表面をちくちく突き刺すたくさんのそれを受け流す自信があった。人の注目を集めることには慣れていた。決して好きではなかったが、まだ短い人生の大半をそうして過ごした人間として、ある程度の心構えは出来ていた。
彼女はゆっくりと室内に踏み入る。腰のところから、背筋は弓なりなほどにピンと伸びて、平素気品のようなものを感じさせる物腰が更に強調されていた。、
傍らを歩く灯を観察しながら、美希は思った。
(この子、本当に『灯さま』だわ)
謹厳実直というわけでもない。下らない世話話にも付き合うし、冗談だって言う。お高くとまっているわけでは決してない。だからその印象は皮相なもの。分かっていながらも、美希は自分の心に起こった印象を希釈することができなかったのは、強烈な意思を秘めたその横顔があまりにも美しかったかもしれない。
テーブルの上、鼻先に置かれた矩形の箱は、鮮やかなブルーの布地にくるまれて、明に適切な対応を要求していた。陰に陽に自分を注視する無数の瞳に、彼は心底辟易する。子供の頃から注目を浴びることだけは避け続けてきた。目立つことは性分に合わない。それは危険な割に配当の少ない一種の賭けであった。
(最悪だぞ、まったく)
少年の視界に映った女は、立ち居振る舞いも堂々と、彼の事情などお構いなしに見える。結局この場を上手く――目立たないように――切り抜ける義務を負うのは彼で、女は常にリスクを負わない。
それこそが、明と灯の間にある大きな齟齬の一端であったかもしれない。
「ええっと、こんにちわ」
「ええ、こんにちわ。高江くん」
「どうしたんですか? 天嵩先輩」
「今朝の続きよ」
今朝の会話。彼は朝餉に誘われ、それを断った。話はそこで終わっていたはずで、続くものなどなにもない。明確な拒絶の後にもかかわらず、今こうして灯は弁当を持ってきた。ならば彼女の行為が意味するところは何だろう。
(自分に弟がいることに、最近気がづいたらしい)
決して口に出せない皮肉を、心の裡で呟いてみる。
この押しつけがましさ。この傍若無人。十年弱閑却に伏して、完全に千切れてしまった関係の糸を、弁当一つで結び直せると思っている。明の苛立ちは募る。それは拒絶されることを計算に入れない――入れる必要のない人間だけに許された傲慢だと明は思った。
(この人は相手の事情なんて考えない)
しかし不機嫌な態度を露わにしてはならない。なにかあった場合、同情が集まるのは彼女に対してで、悪役を拝命するのは明なのだ。
「今朝? なにかありましたっけ?」
笑顔で当たり障りのない会話を続けながら、自発的にご退場願う。その線で切り抜けようと彼が決心した矢先、隣で呆然と成り行きを見守っていた静が突然しゃべりだした。
「なに高江! 天嵩先輩と知り合いなの?! マジで? ……これは夢なの?!」
大げさに天を仰ぎ、芝居めいた台詞を語り出した静を、ちらりと灯が横目で見た。
「あり得ないでしょ! あんた弱みとか握ってんじゃないでしょうね! 最低! 天嵩先輩とかがあんたと知り合いとかあり得ないから! もう月とすっぽん、猫に小判、超釣り合ってないし!」
熱田工廠謹製のマシンガンは快調に弾丸をばらまき続ける。口を挟む隙を見いだせず、浮いた視線が灯のそれと出会う。
(あ、これヤバイ…)
顔面の筋肉はいまだに笑みと呼べる表情を保持しようと必死の努力を続けていたが、への字に曲がりつつある口元が少女の内心を雄弁に伝えていた。
「あんた分かってんのか、って言ってんだけどっ! 高江っ。天嵩先輩は超可愛い。あんたは超キモイ。オーケー? あんた『いいとも』の『不釣り合いカップルコンテスト』とか出る気でしょ! 大体…」
不意に灯の表情から力みがすっと消えて、代わりに柔らかい笑みが浮かび上がる。しかしそれは静に称賛されたために起こった変化ではない。明が感じる得体の知れない寒気が、目の前でにこにこと笑い続ける灯を源泉とするものであることは自明だった。
「熱田っ。そういうのじゃないから!」
「じゃあどういうのなんよ!」
「おれ、新聞配ってるだろ。毎朝。配達コースに天嵩先輩の家があんだよ。で、たまたま門のところで出くわして話しただけ! オーケー?」
「オ、オーケー…」
普段声を荒げることがない明の予想外に強い口調に、流石の静も口を閉じた。ついさっきまでの威勢はどこへやら、しょげて俯く彼女の姿が明に自分の失敗を気づかせる。
「まあ、その、分かってくれればいいんだって。ほんとに先輩とは関係ないから。だから…」
「あら、関係ないは酷いんじゃないかしら?」
今度嘴を挟むのは灯。しかも微量の媚態すら含まれている。収束に向っていた火事にガソリンを缶ごと放り込む台詞。明は一瞬血が頭頂に上るのを感じる。しかし態度に出すことはしない。一分一秒この馬鹿げた会話が長引くたびに、彼、高江明は耳目を集める存在として大きくなる。それはつまり、排除される可能性を胎むということだった。
「取りあえず、ここ出ましょう。お願いしますよ」
咄嗟に明は愛想笑いを浮かべていた。灯としても、出来れば静かなところで会話をしたいのだから、反対する理由はなかった。首肯と同時に、美希を伴って教室を後にする。
「ふぅ」
大きなため息を一つ。明の愛想笑いは泣き笑いに転化する一歩手前で止まっていた。
「明も大変だな」
「ほんと、勘弁して欲しいんだけど」
孝太郎の揶揄には毒気がない。むしろ心底気の毒がっているらしく、彼は明の肩を軽く叩いた。
「でもまぁ、おまえも興味なさそうな顔して隅に置けないこった」
「馬鹿。先輩のことはそんなんじゃないって」
「俺は先輩の話をしてるんじゃないんだけどな」
普段韜晦するような言葉は吐かない孝太郎の煮え切らない発言に、明は戸惑う。
「わけわかんないよ」
はっきり言え。そう言外に匂わせたつもりだったが、孝太郎はあっさり彼の要求をいなした。
「んんー。ほら、早く行けよ。戦果報告よろしく」
「了解」
一方、静はすっかり元気をなくして、自分の席に大人しく座りこんでいた。椅子を引いて身体を丸める様は、朝から晩まで喋り散らすことを生き甲斐にしている少女に似つかわしくない。恋が終わろうが世界が終わろうが喚き散らして止まらない。親に付けられた『静』なる名前と正反対の、騒々しさが霧散したことに、明は暗澹とした気分になる。
――これでまた一人、敵を作ったというわけだ。
そんなことを考えながら、明は教室を後にした。
高校に入学して以来ずっと同じクラスに属してきた灯と美希は、二年と少しの年月が許す限り、相手の情報を知悉した仲と言ってよい。
美希は今も、灯との初対面で得た鮮烈な印象を覚えている。透き通るような肌に映える柔らかくウェーブした長い黒髪も、丁寧に作られたまつげも、頬の白にとけ込む桜色のルージュも、全て。化粧を覚えたばかりの、まだあか抜けない美希にとって、寸分の隙もなく彫琢されつくした灯の美貌は、同性でありながら、羨望と驚嘆を感じるに相応しいものだった。
『ねえ、それどこのリップ?』
新学期最初のホームルームで行われた席替えの結果、灯と隣り合った席に位置づけられたことは、美希にとってただの偶然と片づけてしまうわけにはいかない出来事だった。
意を決して話しかける美希に、灯は気さくな答えを返した。異性の前で被った猫の皮を女同士の間柄でも被りきることは難しい。だからだろうか、声を掛けられたことを心底喜んでいるらしい灯を、彼女は好ましく思った。続く会話の中から優越感は嗅ぎ取れなかった。化粧やファッションのセンスが一定の価値を持ち、所謂「序列」のようなものを形成する一因となる彼女たちの世界に於いて、そのスキルを誇らないことは稀である。灯の気さくな態度は、しかし強者の余裕のようなものからくるそれでもない。だからだろうか、彼女は灯を、優雅な白魚のような肢体を持つ同年代の少女を、まるで王女のようだと思った。生まれながらに他人と競う必要のなかった人間なのだと思ったのだ。
「あれかぁ、灯さまの弟。結構可愛い感じだね」
美希の笑みは下世話な好奇心に彩られていたけれど、そこには一部真摯な色が差していた。灯は答えない。ただその口元に浮かんだ満足げな微笑みの欠片だけが、心境を伝えていた。
「すいません。お待たせしちゃって」
「いいよー。こっちこそゴメンね。いきなり押しかけちゃって」
ゆっくりと歩いていた二人に明が追いついた。声を掛けられて、答えたのは美希。明は空いた両手をズボンのポケットに突っ込んで、少し猫背気味で二人の隣に並んだ。
「どうします? こういうとき食堂があればいいんですけど…」
「視聴覚室空いてるんじゃない? そこでいいじゃん」
「そうね。あそこなら人も来ないし」
「うんうん。わたしもう、さっきからこれ食べたくって」
美希はおどけた仕草で手に持った菓子パンの袋を掲げてみせる。明は芯のない声で小さく笑った。
「でさ、さっきの子。凄かったねぇ。明くんにすっごい突っかかってた」
いきなり下の名で呼ばれた彼は、はっと驚いて美希を覗き見る。しかし彼女は特に深い意味を込めたわけでもないらしく平然としていた。
「ああ、あれ、熱田静っていうんですけど……なんていうか、いいのかな、こんなこと言っちゃって…」
「いいよ。わたしが許す」
何か権限があるわけでもないのに、美希があっさり許可を出した。明にしても、躊躇は前振りに過ぎない。
「熱田は天嵩先輩のファンみたいですよ。なんか憧れてるみたいで」
「ファン?」
呆然と呟く灯。擬態ではない。本当に不思議がっている。
彼女の反応は明の予想にはないものだった。人間である以上、自分が他人からどう思われているか、考えたこともないとは思われない。ならばより深い擬態なのだろうか。
「ですね。二年でも先輩のことイイって言ってるやつ多いですよ」
だからもう一度探査ピンを打ってみる。明にとって、会話とは、他人の秘めた本心をあぶり出すための営みに過ぎなかった。上手く出来れば自身の安全性は増す。ミスを犯せば自身を危険にさらす。相手が言われたいと望んでいることを、「気が付かない振り」をしてこっちから言ってやる。そうすれば、対話者は彼を受け入れる。明自身を受け入れたいのではなく、明の「言葉」を真実と受け入れたいのだ。
灯にとって、自分の容姿を褒められるとはどういうことなのか。それを知りたかった。褒められたいならば褒めてやればいい。それでこの、やっかいな台風の目は大人しくなるだろう。
しかし、二度目の探査も失敗に終わった。灯の反応はまたしても読み切れず、その反問は、迂闊に答えれば関係が窮地に陥るようなポイントを的確に突いていた。
「明はどう思うの?」
視聴覚室のドアを開け、他に来客のないことを確認してから、日の入る窓際の席に落ち着いたところで、灯がそう尋ねた。あくまで世話話、笑い話。雰囲気は和やかなまま、しかしひどく答えに窮する質問だった。
「おれですか? ええっと、言っちゃっていいのかなぁ」
「いいよいいよ。わたしが許す」
パンのビニール袋を開けて、既に三分の一ほど食べ進んでいた美希が再び許可を与える。
「本人を前に言うのも恥ずかしいんだけど、いや、先輩イイと思いますよ」
途中半笑いを混ぜながら彼は言い切った。少し恥ずかしそうに。冗談めかして、しかし本心であることを感じさせるように。こういう微妙な会話は節度が全てだ。さじ加減を一つ間違えれば、たやすく暴走してしまう。また一つ、やっかいなもめ事を背負い込むことになるかもしれない。本気でもない。嘘でもない。白でもないし黒でもない。全て玉虫色のまま、有耶無耶のうちに話題を変える。徒手空拳、頼るものなど何もなく生きてきた明にとって、護身の第一は自分の色を抹消することであった。
彼の台詞が灯に与えた影響は、表面上どこにも見いだせない。髪の隙間に覗く、真っ赤に染まって湯気を出しそうな耳だけが、反応といえる唯一のものだった。
俯いてはいるものの、満更ではない灯の仕草を見て、美希は重ねて言いつのる。もう一歩。踏み込んでも大丈夫。美希は灯と過ごした経験から予測していた。しかしその読みが、決定的な第三者を抜かして行われたものであることには、まだ気が付いていなかった。
「おー! 言い切ったねー。さてはさては、明くん、シスコンだな? 相思相愛じゃん、灯さま」
愛の告白めいた言葉を吐いた時にも大した変化を見せなかった明の瞳が、美希の発破を受けて、一瞬に限界まで見開かれた。注視していなければ決して気が付かない。しかし、その瞳に浮かんだ色は、照れや驚きでないことは明白だった。彼は喉がかれるほどに怒鳴り散らしたい衝動を、握り拳の圧力に転化する。
「これ、口に合うか分からないけど、よかったら食べて」
ほとんど初対面の二人の会話を取り持とうと、明の胸中を無視して灯が差し出した弁当箱は、大きさからみて男性用に相違ない。家に転がっていたのか新たに買ったものなのか。どちらにしろ、その行為自体が明のささくれを倍加させる。
彼は自分と灯の関係を明かしたくはなかった。灯という校内の有名人との係累は、よきにつけあしきにつけ明自身が浮き上がることを意味する。幼児期に途切れた関係を今更修復することに、彼は意味を見いだせない。人恋しさを感じる段階はとうの昔に過ぎていた。
「悪いですよ。それにおれ、もう飯食べちゃいましたし」
「なに姉に敬語使ってるのよう、明くんさぁ、こう、長い別離の後に感動の抱擁! 『おねえちゃーん!』って」
美希の浮ついた声は、部屋中の壁を隈無く覆った防音材に吸収されてしまう。しかし、明の押し殺した呟きは消えてゆく彼女の言葉を叩き割るだけの硬度を持っていた。
(あ、おれヤバイかも)
自覚をもたらす前に、舌が勝手に動き出す。
「あんた誰だよ。さっきからごちゃごちゃ」
「……え?」
顔面の筋肉はもう彼の意のままには動かなかった。それはひどく強ばって、露天で売られる仮面のような安っぽい形相を取り戻すことはできない。そしてまた、咄嗟に口を衝いて出た言葉を取り消すこともできはしないのだ。
「いや、そういうの先輩に迷惑掛かるじゃないですか。姉弟っていっても、もう昔のことですし、今は全然関係ないんですよ。おれのこと気に掛けてくれて凄くうれしいですけどね」
呆然と口を開いたままの美希を尻目に、早口で捲し立てながら明は席を立つ。これ以上この場にいるのは不味いと直感が告げていた。胸の内に宿った理解不能の怒りを解消する術が見つからない。放っておけば何を口走るかも分からない。
(最悪だ)
大股で、大急ぎで出口を目指す。だが、背中に届く灯の声が、制服の襟をしっかりと掴んで離さない。
「明! ――ごめんなさい。明。美希も悪気はなかったのよ。ね、美希」
「え、あ、うん。ごめんね、明くん。別に馬鹿にした訳じゃないんだ。本当に」
大きく一つ息を吸って、彼はゆっくりと振り返った。ようやく解れた顔の筋肉が、素早く普段の曖昧な笑みを修復していく。
「気にしないで下さい。おれの方こそなんかデカイ態度ですいませんでした。……じゃあ、またいつか。先輩達も早く飯食べないと時間なくなっちゃいますよ?」
冗談めかした台詞の最後は、いつものように乾いていて、中味はやはり空だった。
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